2007年09月23日

屁の文化やマナー

屁の歴史?
「おなら」は「お鳴らし」が略されてできた女房言葉で、「屁」よりも上品(あるいは婉曲)な言い方であるとされている。

屁をすることを「屁をこく」「屁をひる」「放屁」と言う。


現代では用いられないが、昔は転失気という医学用語が用いられた(なお、転失気には異説がある)。


ためらいなくおならをできる間柄になれば、恋や友情が愛になったと考えられる説もある。


音が大きい屁の方が、すかしっぺより臭くないという事が広く信じられている。


地域によっては、カメムシ(危機が迫ると悪臭を放つ虫)を「ヘコキムシ」「ヘッピリムシ」「ヘヒリムシ」「ヘップリ」と呼ばれる。


マンガなどでは黄色で表現される事がある。


稀に性的な興奮を覚える人がいる。


人前ではすべきではない、というマナーが一般化している。

特に日本では顕著である。

そのため一定年齢を超えた日本人は男女問わず、「すかしっぺ」スキルが身に付いている。


(たまに周囲を省みない人や、一定年齢を越えていて無頓着な人や、立場が高いのをいいことに平気で屁をこいて周囲に嫌がらせする人もいる。)


やむを得ない場合はまだしも、面白半分で人前で屁をする者がいるが、本来は公共の場において放屁することはあまり良くないとされる。

人が密集する、もしくは機密性の高い場所で行う場合は、必ずすかしっぺスキルが必要となる。

さもなくば、例えば車の中やバスや満員電車などで音を立てて屁をこいた場合、一斉に避難と嫌悪の視線が降り注ぐハメになる。

「屁は汚い」とイメージを持たれているためでもある。


ただし、そのイメージは科学的根拠から来るものではないが、実は実際に屁には大便の成分が含まれているし、大便の粉末状のものを飛散させているため、有害ではないとはいえ汚いのはあながち間違いではないと言える。


勿論の事だが、屁は生理作用であり、また我慢するのは良くないので、非難しすぎるのも考えものである。

「出物腫れ物所嫌わず」と言う言葉もある。

我慢する事によって、悪臭などの成分が体内に再吸収され、血液を巡り汗などで体外に出てしまう(要するに体臭や口臭が臭くなる)ので、結局タイミングがずれるだけで臭くなる事には変わりない。

また同じ臭いものについてであるが、タバコやワキガや過度につける香水など、マナーやエチケットや常識で不快感を抑え、控えたり消せる臭いもあるが、これらはやはり眉をしかめる人もいるのだが、屁に比べると罪が軽いかのように扱われる。

上記に比べて、同じ臭くて有害である、という意味においては、全く同列であるはずなのだが、屁の臭いを放つ事は、上記よりも悪であると認識されているのもおかしな話である。

そのため、屁についての無闇やたらな我慢やマナーを前面に押し出すのも本当は考え物であるというのが、合理的な観点から言えば正統なのである。


真のマナーは、屁をこかない・我慢する、ではありません。

日頃から不摂生をせず、野菜を食べて、健康的に生きて、ほとんど臭くない屁が出せるようにする事がマナーだと思います。

つまりこれは、マナーだけにとどまらず、自分自身や家族にとっても有意義で、是非とも嗜んでおくべき、生き方の一つと言えます。
posted by トイレを詰める者 at 10:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 屁(オナラ) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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